社労士の仕事は大きく以下の3つに分かれています。
- 1号業務:労働社会保険諸法令に基づく書類の作成、提出代行
- 2号業務:労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類の作成
- 3号業務:人事や労務に関するコンサルティング
1号業務、2号業務は比較的大きい規模の会社であれば、総務・人事・経理部がそれを行うことが多いようです。それではなぜ企業は社労士に仕事を依頼するのか?そしてどうやって社労士を選ぶのか?それは企業が社労士の持っている労務管理のスキル・知識・経験・情報を必要としているからです。別の言い方をすれば、その社労士が抱えている問題の解決能力を持っているかどうか、だと思います。
ある事件をきっかけに、労使トラブルに強くなる
「森先生が強い分野は?」と聞かれると、「労使トラブルの解決支援です」とお答えします。もちろん開業当時からトラブル解決が強かった訳ではありません。この強みはひとつの事件がきっかけとなりました。
ある日のことです。私は社労士の某NPO団体に所属しているのですが、そこに労働者のAさんという女性から相談がありました。
販売員のパート従業員として働いていたAさんは、一方的に会社から解雇予告を通達されました。法律に則って30日前には予告されましたが、その理由を上長は明かしてくれません。「辞めていただくだけの理由はあります」の一点張りで、具体的に何が理由なのかを教えてくれなかったそうです。勝手に離職票が発行され(本人署名欄に他の誰かが署名していたので、公文書偽造ですね)、結局退職となりました。Aさんとしては「どうしても納得がいかない。クビになるような勤務態度ではなかったはずだし、解雇理由を知りたい」との相談です。
AさんとNPOの会員で面談を行い、それでは労働局にあっせん申請をしましょう、ということになりました。あっせんでは解雇理由の開示と、慰謝料を求める申請を行いました。しかし相手側企業は弁護士を介して、あっせんを断ってきたのです。こうなると次は労働裁判となってしまいます。私たちはAさんと話し合いました。
「次の手は労働裁判となります。裁判所に申し立てを行うのです。ただ、弁護士の先生をお願いするとそれなりに費用がかかってしまいます。私たち社労士は弁護士法により代理人にはなれません。Aさんをフォローはしますが、裁判所での陳述や答弁にはすべてAさんがご自分で弁論することになります。それでも裁判をしますか?」
正直、私はAさんが「そこまではいいです」、と言うだろうと思っていました。しかしAさんは「やってみますので、よろしくお願いします」ときっぱりと返事をされました。
そうなると私たちとしても乗りかかった船、全面的に協力しましょうという事になりました。しかし問題は私が所属するNPOの中で誰が担当になるか、です。ここまでのAさんの担当は私が行っていましたが、正直裁判となると荷が重すぎるし、他の先生に代わっていただけるだろうと勝手に思っていました。しかしNPOの代表の先生は、「この裁判の担当は森先生でお願いします。訴状をよろしくね」とあっさりと言うではありませんか。裁判の経験など全くなかった私は慌てました。しかし、これは逆に考えれば得難い経験をできるチャンスでもあります。私も腹をくくりました。
社労士の立場として原告をフォロー
NPOの司法書士の資格も持つ先生と一緒に訴状を作り、某地方裁判所に提出をしました。いよいよ裁判が始まり、数回にわたる口頭弁論を経て証人尋問をすることになりました。先方企業は弁護士を代理人に立て、証人も何人か用意をしてきましたが、Aさんの証人になってくれる人は見つからず、やむを得ず本人尋問となってしまいました。私は弁護士でないため傍聴席で見守ることしかできません。しかし、ここで意外な展開となります。
裁判官が「原告(Aさん)は弁護士を立てていないため、私が証人尋問をさせていただきます」と言い、企業側の証人に対して尋問をしてくれたのです。しかもそれがちょっとした証言の矛盾を突く実に鋭い尋問で、先方の証人が何度かしどろもどろになったり、絶句したりしていました。
裁判所はあくまで公平な立場ですので、弁護士がいないAさんが不利にならないような取り計らいだったと思いますが、結果的にはとてもラッキーでした。
そんなこんなで裁判は約10ヶ月かかり、最後は裁判官から和解勧告がありました。1回目に先方が提示した和解金は、こちらの希望の半額だったため却下したところ、2回目では見事にこちらの希望額の提示がありました。最終的には和解が成立しましたが、裁判としては勝訴と言ってよいものだったと思います。和解が成立した後は、思わずAさんと固く握手をしました。
この裁判が終わったときは、何とも言えない達成感があり「これ以上のトラブル案件はそうないだろう、自分はとても貴重な体験をしたのだ」という自信を持つことができました。
ここで少し上記について補足説明しておくと、社労士には「特定社会保険労務士」という資格制度があります。2007年に制定されたこの制度は、労使間における労働関係の紛争において、裁判外紛争解決手続における当事者の代理人として、その解決を支援することができるという、社労士に対し新たに権利付与された制度です。現実的には、今まで裁判によらない労使間紛争の代理人は弁護士しか許されていなかった業務ですが、社労士がそれを行うことにより、迅速に低コストでトラブルを解決することができます。
(※労働裁判の代理人を社会保険労務士や司法書士等が報酬を得て行うことは、弁護士法に違反するためできません)
自分の「社労士」としての強みは何か?
この裁判は従来の【労働組合VS企業】の構図だった労使トラブルが、これからは【従業員個人VS企業】に変わっていくことを実感した一件でした。また、労働者側の気持ちや裁判まで行き着く心情も垣間見ることができました。
私も開業当時は一般の手続きをこなすのが精一杯で、自分の強みは何か?など考える余裕はありませんでした。しかし数年が経過し、周りの先生方をみていると、様々な得意分野を持っていることに気が付きます。銀行で年金相談をやられている先生は、やはり年金に強くなります。また、助成金に強い先生、特定の業種に強い先生など多岐にわたります。私も結果的にではありますが、この労働裁判を通じて色々と勉強させていただき、様々な種類のトラブルを経験し、自分の強みは「労使トラブルの解決支援です」とはっきり言えるようになりました。
WEB集客でも自分の強みを前面に
私はホームページを開設しており3、4年前はHP経由で月に2、3社の問い合わせがあったものです。最近数は減りましたが、それでも年間に数件問い合わせがあり、仕事に繋がっています。前回の記事でも書かせていただきましたが、HPを全面リニューアルした際に、「労使トラブル」を前面に打ち出しました。リニューアル後の問い合わせの内訳を振り返ってみると、労使トラブルの相談が8割、社会保険加入手続きが2割といったところでしょうか。やはり漫然と社労士業務全般の案内を表示するより、具体的な得意分野を前面に出すことは大切だと感じています。
ただ本音を言うと労使トラブルは重い話が多く、決して明るい仕事ではありません(苦笑)。しかし、トラブルを解決した時の社長さんのほっとした様子を見ると「お役に立ててよかった」と思いますし、そのご縁で顧問契約になった会社さんは、助成金や一般の申請業務の会社さんより長くお付き合いが続いている気がします。もちろん一番大切なのはトラブルを未然に防ぐお手伝いですが、いざトラブルが起こらないと社労士というよくわからない業務にお金を払おうとはしないものです。そんな時に自分の得意分野をはっきりとアピールできることは、とても重要です。
今回も泥臭い話になってしまいましたが、日々邁進していれば、経験によって実力は必ずついてきます。その中で自分に合うもの、自分が強いなと思えるものが見つかるはずです。それに気が付き、育てることが大切だと思います。
■著者:モリ事務所 代表 森 克巳
■HP:http://mori-roumu.com/web/
1987年法政大学法学部法律学科卒業。製薬会社MR、医療法人人事担当管理職を経て、平成11年に開業。「労働問題」の専門家として、地域の中小企業の労務問題と真摯に向き合い、数々の困難な問題を解決。豊富な経験に裏打ちされた適切なアドバイスには定評がある。
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