「士業」はその本質を「お困りごとの解決(のサポート)」に置く業種です。そのため士業に従事することはそのまま「社会貢献」の一翼を担っているという面もあります。
一方で、現在企業は「ソーシャルイノベーション」や「ソーシャルグッド」という言葉で表されるようにそのあり方が問われています。もちろん企業も雇用を生み、経済を循環させ、法人税等の納税も行っているわけで社会貢献の要素は内包しています。ですがそれはいわば「当たり前化」し、これまでの「利益最優先」のあり方から「社会課題の解決」に存在意義を置く起業家たちにスポットが当てられるようになりました。
そうした起業家たちは「社会起業家(ソーシャルアントレプレナー)」などの言葉で表されますが、士業は「志業」という文字があてられることもあるように、こうした社会起業家たちと根っこの部分で共振する部分があるのではないでしょうか?
そこで今回は行政書士として社会起業家たちの支援を、また自ら立ち上げた社会起業家支援NPO法人【SISC】代表を勤める森 健輔氏[森行政書士事務所、東京]に社会起業家と士業の関わりについてお話をうかがいました。
(▲森行政書士事務所HP:http://kensuke-mori.biz/)
以下、インタビュー。
ソーシャルビジネスと士業
――まずはこれまで多くの社会起業家と関わってこられた森先生のご見地から、特に20-30代の若い起業家のソーシャル意識の高まりにはどのような背景があるとお考えでしょうか?
「自分だけがよければいい」「自社だけが儲かればいい」といった感覚ではなく、「自分も他人も一緒に成功したい/稼ぎたい」とか「他社(他者)に喜んでもらえることが何よりの報酬」といった感覚を持っている方が(私の周りでも)多くなってきているのかなと感じます。そういう価値観が社会的にも認められ始めていたり、そういう活動をいろいろな媒体で見聞きできたり、学校・大学やサークル活動・部活動等で学べたり、という環境があちこちで生まれているのだと思います。
もちろんお金を稼ぐことは生きていく上でとても重要であるのは事実で、私も起業後はお金で苦労しましたので、お金を稼ぐことが楽ではないことは理解しているつもりです。ですが「金儲けしか考えないの?それってなんかカッコ悪い」という感覚を持つ若い人がなんとなく増えてきているのかもしれませんね。
別の観点から言うと、「人や社会や地球のためになるいいことをして生きていきたい!」という純粋な「志」はもちろん以前からあるのですが、「人や社会や地球のためになることをして稼ぎたい(生活したい)!」という、ある意味「欲張り」な感覚を持つ方が増えているということでもあるのかもしれませんね。少なくとも私自身がそうです!(笑)
――これまでに森先生が行政書士として関わられたソーシャルビジネスにはどのようなものがありますか?
起業当初(2007~2008年頃)は、ソーシャルビジネスや社会起業という言葉がようやくメディアで取り上げられ始めた頃で、士業の中でもソーシャルビジネス・社会起業を口にしている方はほとんど皆無の状況でした。まだまだ認知度は低かったです。
その頃にお会いした20代前半の社会起業家の方々は、シェアハウスやシェアオフィス事業の先駆け的な事業を行う会社であったり、音楽療法を世に広める事業であったり、心の問題を取り扱う事業主であったり……という感じでした。その後は国際貢献、発達障碍・自閉症関連、青少年育成、聴覚障害関係、離島活性・地域活性化、介護福祉、芸術家支援……等多岐にわたるようになりました。
一方で同じ世代の創業者の2代目/3代目である方々が自分の親の会社を(将来)継ぐ前提で、「社会により還元し貢献する」「社会へインパクトを与える」といったことを目標に自社の事業の変革や新規事業へチャレンジしている姿も数多く見ました。
これはソーシャルビジネスや社会起業の定義にもかかわってくる話かもしれませんが、先ほど言ったような「マインド」や「気概」をもった(社会)起業家も2代目/3代目の後継ぎの方々も、広い意味で社会起業家/ソーシャルアントレプレナーと呼んでもいいのであれば、そのような方々と多くのご縁をいただけたと感じております。
――士業全般の問題として、士業という「ビジネス」は社会起業家とどのように関わっていけるのでしょうか?
当方は行政書士ですので、会社や法人設立の前段階からの相談も多く、
- 法人化の手続き
- 各種許認可の申請、契約書・法務まわりのサポート
- 資金調達のための事業計画や申請書類の作成(融資、補助金・助成金)
- 記帳代行
などを行ってきました。
もちろん決算申告であれば税理士さんにサポートをいただいたり記帳代行からそのまま引き継いでいただいたり、雇用保険・社会保険等の手続きであれば社会保険労務士さんに、登記は司法書士さんに、商標や特許は弁理士さんに、訴訟になりそうであれば弁護士さんに、といった形で各士業の先生方のサポートもたくさんいただきながら、1社1社サポートをさせていただきました。
本来行政書士は単発的な案件が多いのですが、サポートさせていただいた社会起業家の方は創業段階からのご縁なので、ちょっとしたことでも気軽にご相談をいただけました。自分がサポートするにせよ、他の士業の先生に支援をお願いするにせよ、窓口として「お客様と信頼関係を築き末永い関係を作っていく」という点をこれまで心がけてきました。
――社会起業家と一般的な起業家ではサポート面で具体的にどのような違いがありますか?
一般的な企業・起業家の方もたくさんサポートさせていただきましたが、社会起業家の方のサポートは「どう事業化していくか?お金を生み出していくか」という点が特に難しかったように思います。
支援する立場としてもお金をなかなか生み出せない状況の社会起業家さんからはお金をいただくことは難しく、結果的に「プロボノ」的な支援になってしまったり、「出世払い」という言葉で煙に巻かれてしまったり……(笑)なので普通の起業家さんよりもサポートする側は大変だったのですが、一方でとても楽しみながら社会起業家の方の支援をしてこられたかな、と思っています。
(※ただ一般的な起業家さんも軌道に乗るまでは相応の時間がかかる場合が多いので、どちらにせよ起業家支援は大変です!)
ムハマド・ユヌス氏とのエピソード
――2010年にはムハマド・ユヌス氏とお会いになっていますが、ユヌス氏とのエピソードなどありますか?
ご縁があって、バングラデシュで開催された「デザインコンテスト(ユヌス氏が特別審査員)」に一参加者としてお伺いできました。お話をしたというほどのものではないのですが、主催者より通訳の方を通して「日本の社会起業家支援の第一人者だ」といった言葉でご紹介をいただき、あのニコッとした笑顔を浮かべられてがっちりと握手させていただきました。
大変恐れ多く「第一人者」には今も昔もほど遠いですが、17歳のときにユヌス氏とグラミン銀行の活動を本で読み、とても衝撃を受けたのが私の原体験でした。貧困を解決するために日本にいる自分ができるのは、寄付をすることや国際ボランティアや国際機関に勤めること、それ以外にもODAや国連等の活動によっていつかは解決するものだと勝手に思っていました。その思い込みをいい意味で打ち砕かれた気がしました。そのときから憧れを抱いていた方に、13年後についにお会いできたのはとても素晴らしい体験でした。
※ムハマド・ユヌス氏は「マイクロファイナンス」(貧困層向け融資)という従来の「担保」をとる銀行システムでは考えられなかった事業を成功させたグラミン銀行の創設者。2006年ノーベル平和賞受賞。
これからの「士業」のありかた
――これまでのお話は社会起業家をサポートする役割としての「士業」でしたが、今度は逆に士業側も自身の事業として「社会課題の解決」という使命を自任したとき、従来の困った人が相談にくる「受注型」の仕事のあり方から、課題を見つけ解決策を提示していくような「提案型」のビジネスというありかたも可能性として出てくるのではないでしょうか?
とても面白い視点だと思います。基本的には士業という業種は「受注型」であると考えておりますが、やはり「売れている」士業は税理士だろうが社労士だろうが行政書士だろうが、やはり「提案」が得意な方が多いかなと感じます。もしくはサービス精神旺盛で、様々な事例を紹介できたり、説明がとても丁寧でわかりやすかったり、といった点が優れており、どんどん紹介が発生したり、顧客を自分のファンにさせたりすることができていると感じます。
一方「提案型」をどうとらえるかにもよりますが、私たちが大事なのは「聴く」ことであり、「ヒアリング」することだと考えております。「聴く」ことを基本に、お客様からいろいろな問題・課題・悩み等を引き出してあげて、それを解決に向かわせることが重要です。外部の我々が直接手を出してサポートをしたり、意見や提案をしたりすることで解決できることもあれば、「聴く」ことで社長自身の頭の中が整理されて勝手に解決できることもありますし、別の専門家を紹介して解決することもあります。世間的には「孤独」と呼ばれる社長・起業家に寄り添って「聴く」ことで「解決」に向かわせる点で、一見受け身なのにすごい結果を出す、ということが往々にあります。
ただ、誤解してはいけないのは、根本的には「自分の事業」ではないため、具体的な解決策を直接提示していくことは困難が伴うことも多いです。アドバイスや他の事例等を挙げて何かしら感謝はされているのだけど、クライアントの会社・事業に対する大きな責任を負うことは稀であり、結果自分では「何も力になれてないな。何もできなかったな」と反省することも多くあります。
そのような自分自身の感情や想いとも向き合い、日々の目の前のクライアントと必死に向き合うことが、もしかしたらいいサービスを提供できる「新しい士業」像を作ることにつながったり、リピーターや紹介を次々と受けられる「売れっ子士業」に成長できたりするのかもしれませんね(いまは弁護士も食べていくのが大変な時代ですが)。
社会起業に限らず、ビジネスにおいて「課題を解決すること」がビジネスのタネ、ひいてはお金につながることが多くあります。社会課題に向き合い、今まで誰も解決できなかった課題を解決できるサービスや仕組みを生み出せた方は、大きく稼げる可能性も十分にあると思います。
そしてなにより社会課題は形を変えていくため、決してなくなることはないと思います。断言はできませんが個人的には、「自ら社会課題に向き合える士業」や「社会課題の解決に取り組む方に寄り添える士業」は、将来大きく稼ぐ可能性も十分にある新しい士業像、新しい士業のあり方を生み出せるのではないか、と期待しています。
NPO法人【SISC】に関すること
(NPO法人【SISC】HP:http://nposisc.org/)
――代表理事を務められるNPO法人【SISC】でのご活動から、社会起業の「サステナビリティ(持続可能性)」という点でヒントをいただけますか?
自分が作ったNPO法人もまだまだ立ち上がったばかりで、立派なことは申し上げられませんが、やはり「自主事業によって資金を生み出していく努力」が必要だと感じております。
そもそもNPO法人を立ち上げることになったきっかけは、「若手の(社会)起業家をもっと仲間の士業と一緒に応援したい!若手の士業も一人の起業家として食べていけるように応援したい!それらを両立させる仕組みにしたい!!」という想いでした。ただ実際にNPO法人を立ち上げ補助金もいただけたものの、サステナビリティには程遠いのが現状です。ようやく自主事業としてNPOにお金を落とす仕組みを1年近くかかりましたが構築し、形になりつつある状況で、まだまだ設立当初の理念の実現までの距離は長いですが、一日も早く自分が立ち上げたNPO法人も自立できるよう、頑張りたいと思います。
――最後に【SISC】の今後などお聞かせください。
語弊があると思いますが、多くのスタートアップの起業家は「貧困」に陥ることが多く、士業も起業当初はかなり貧困であることが多いです。私も起業当初から何年も貧困状態でした(笑)。
目の前の支援を必要としている起業家や士業にお金を貸すわけではないですが、彼らをサポートし、「自立」や「成功」を見届けること……ユヌス氏がグラミン銀行で実現させた志と試みに衝撃を受けた私自身が、一歩二歩と少しでも理想に近づいていくためにも、現段階で自分に必要な経験・勉強をさせていただいているのだと考えております。
最後に
士業が直接的・間接的に関わる事案には「社会課題」を背景とするものが多くあります。例えば昨夏注目された「空き家問題」もその根本をたどれば「高齢化」「人口減少」「過疎地域」「単身居住者の増加」「相続制度の不備」などの構造的な問題まで遡ることができるかもしれません。
こうした「相談案件と社会課題」を前に、士業はどうやって/どこまで/どんな風に関わることができるか?を考える上で、森氏のお話はさまざまなインスピレーションを与えてくれるのではないでしょうか。
士業のあり方を問うことは「士業とはなにか?」という根源的な問いとつながっていくのかもしれません。